「グローバルと日常」(2/4)

「外国人児童生徒担当教員」といっても、一般の人たちにはピンと来ないだろう。外国人が多い小中学校に配置される教員で、日本語指導の他、日本語が不十分なために遅れている教科学習指導、学級担任と連携を図って様々なサポートが主な仕事となる。参考までに、栃木県教育委員会は40の公立小中学校を「外国人児童生徒教育拠点校」に指定していて(2017度)、各校に「外国人児童生徒担当教員」が配置されている。

私が担当教員に就いた当時の「外国人児童生徒教育」はほとんど未開の分野で、指導に関する規定やマニュアルも無かった(いまでもあまり無いのだが)。しかし、手探りや試行錯誤が要求される仕事は、「これをヤリナサイ」と指示されるより私の性に合っていた。しかし、私は、「出稼ぎ」という親の意思によって、日本に連れてこられ、この異国で生きることになった子どもたちの姿に、ショックを受けた。

子どもたちが、言語や生活、そして自分のアイデンティティや家族について悩みながら、必死になって「自分探し」をする姿に、私はハッとさせられた。「かれらのために夢中で働いてみよう」。私は決心し、それまで引きずってきた、モヤモヤした「自分探し」に一旦ピリオドを打つことにした。思えばこれが、「自分にとってグローバル化って何だろう」、の出発点だった。

〈初出:『世界を見るための38講』第24講、宇都宮大学国際学部編、下野新聞社〉

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