「グローバルと日常」(1/4)

「グローバル」という言葉を耳にする機会も増え、自分でも意味がわかったような気になっていた。しかし、あらためて考えると今ひとつ掴み所がない。そこでこの機会に、「自分にとってグローバルって何だろう」と改めて振り返り、拙い文章に綴ってみた。

昔、中学校の教員をしていた。しかも24年間も。大学卒業時、詳細は省くが当時の夢を諦め、「まぁ何でもイイや」、みたいな気持ちで教員採用試験を受けた。だから教員になっても、最初は本当に大変だった。中学校という世界が、「集団」を重んじ、「少数派」を認めない世界に思え、そんな空気にムキになって反発した。当然、周囲から私への評価は概ね冷ややかだった。同じ学校で働く先輩教師からは、「若林クン、教員辞めたら?」なんて言われたこともあった。

「体制に反発した」と言えば格好イイが、夢をあきらめて教員に落ち着いてしまった自分自身への、大きな苛立ちがあった。本当に恥ずかしい話だが、私は30歳を過ぎても、こんな風に「自分探し」を続けてモヤモヤしていた。

教員13年目、転機が訪れた。勤務する地域に、南米からの労働者が居住するようになり、日本語や生活習慣が全くわからない子どもが次々に編入してきたのだ。別の学校から籍を移動するのは「転入」(いわゆる転校)だが、外国人は元々の籍がないので「編入」という。そんな環境の中、私は近隣中学校への異動を機に、「外国人児童生徒担当教員」になった。

〈初出:『世界を見るための38講』第24講、宇都宮大学国際学部編、下野新聞社〉

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